🌾山形へ研修へ行き、お米と学びを頂きました🌾人間の自然離れ
2024年10月28日、29日と、ファームのメンバー6人と研さんで山形県で、できるだけ農薬や化学肥料を使わないようにされている
農家の菅野さんのところへ、2トンのお米を引き取りにいきました。お米を譲って頂いたのは、菅野さんのご友人である菅原さんです。
菅野さんはお米を始め、養鶏と納豆作りも行っています。
現代の農業は、利益・効率化と生産性が最優先され、農薬・化学肥料を使い、機械を使い、自然からどんどんと遠ざかっています。
「とにかく楽に、形の良いものを大量生産する」ことが目的とされ、農業勤しむ農家さんの気持ち、想い、願い、祈り、そして愛情というものは失われ、できるものは無機質なものばかり。
減反政策や農家の高齢化、異常気象などが原因で日本の食料自給率は低下傾向にあります。
「稲作の時給はたったの10円」
と菅野さんは発信していました。
これを聞いた若い人は、「なんだ、お金にならないじゃないか」と農家を継ぐことも、農業に手を出すこともなくなってしまいます。
しかし、利益・効率・生産性が優先され、農薬と化学肥料にまみれ、人の愛情なく育つ作物に、本当の味はあるのでしょうか。
菅野さんの養鶏所で育てているニワトリさん
は、放し飼いされ、自由気ままに生きています。
多くの種類の餌を食べ、添加物などニワトリさんたちの体に悪いものは一切入っていません。
そして菅野さんからの愛情をたっぷりと受けて育っています。黄身は自然な色で、餌に色素は入っておりません。
養鶏場の現実は、ニワトリさん達がぎゅうぎゅうにケージに入れて、薬まみれの餌を食べさせられ、色素も入れられて黄身の色をコントロールされています。
ニワトリさんだって、私たち人間と同じ「いのち」です。私たち人間と同じく「自然から」生まれてきています。
人間が自然に立ち返れば良い状態になることと、ニワトリさんが自然に生きればおいしい卵が生めること、同じなのではないでしょうか。
「人間の自然離れ」は、深刻化しています。
水輪ナチュラルファーム 光の自然農園も、早穂理に純度100%自然のお野菜を食べてほしい、生き方働き方学校の生徒のみんなも、水輪に来られるお客様、応援してくださる皆様にも…
そんな思いで、農薬・化学肥料を一切使わずお野菜を作り続けています。良いお野菜があるおかげで、早穂理も元気に生きています。
自然の恵みは、いつの間にか人間のエゴの味に染められてしまっているのです。
散布された農薬のおかげで、トンボさんもカエルさんも小魚さんもいなくなってしまっているようです。人間のエゴが、生き物のいのちを押しのけてしまっている。
今一度、私たちは現代農業の在り方について考える必要があります。人間だって、自然の生き物なのだから、自然と調和するのが本来の在り方なのではないでしょうか。
菅野さんが掲げる、4つの大切なこと。
①食の安全と環境を大切にする
②暮らしの自給を追求する
③きれいな景観をつくる
④家族みんなが楽しく関われるよう努める
安全、環境、自給、景観、楽しく関わる。
大切なことすべてが、この4つに挙げられています。
自分たちで全ての食料、水が自給自足で賄うことができれば一番良いのですが、そう簡単にはいきません。
だからこそ、「補い合い、助け合い」で生きるのです。
お金を得る代わりに、失っているのは「人と人とのつながり」です。
勿論、お金が無ければ仕事は続きませんし、ものも買えません。ただ、安全性を脅かし、環境を破壊し、小農の自給を排除し、景観を汚し、人が農に勤しむ楽しみを無くした、その農業は「本物」なのでしょうか。
私たちは、次の世代のために残すものを追求し、「いのちの森 水輪」を続けて参りました。
菅野さんも、同じように、次の世代にタスキを渡すために、農業を続け、農業の大切さを発信し続けています。
今回の山形の遠征では、お米を頂きましたが、それ以上に農を通じて、菅野さんの人間性の深さ、生き方の素晴らしさ、人とのつながりの温かみ、これからの時代に何が必要であるか、など多くの学びを得ることができました。
山形に行ったファームのメンバーからも、感想文が来ています。
菅野さんからの学びを是非実習に生かして、お野菜づくりもお米作りもより豊かにしていってほしいと思います
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
R.Sさん
今回私は長野の水輪から山形県の菅野農園への米の引き取りと、現地の方との交流に参加させて頂きました。いつも卵を水輪で買わせていただきお世話になっている、研先生の後輩である菅野芳秀さんとお会いできる貴重な体験させていただきました。
行きの車で山形へ向かう途中の新潟で左右に見える広大な田園に驚きました。
私たちが作っている田んぼとは規模が違いすぎたため、この広さの田んぼを作るには相応のかなりの人手か、大型機械、化学肥料・農薬がいると思いましたが、後に菅野さんの話を聞くにつれて田んぼの見え方が変わりました。
一枚の面積が広大な田んぼというのは、普通の農家がやれるものではなく、国の政策で会社や組織でしか買えないような土地だということ。1000万以上する大型の田植え機、収穫機や農薬肥料を散布するような管理機を使用しないとうまく栽培できないものだそうです。
話を聞く前の私は、広い田んぼは効率が良くいいものばかりだと思っていたので、自分の考えの浅はかさを思い知りました。帰りながらその広大な田んぼを見ていると、行きの時には目に入らなかった、特大サイズのバックホーや機械で田んぼを大がかりに整備している所が目に入りました。
研先生・菅野さん夫婦・菅原さん夫婦の懇親会に我々スタッフ実習生が参加し、聞かせて頂いたお話の中で当時、農家の農地に成田空港建設を強制的に進める国に対して人権侵害を訴え、現地の農民と共に闘争した学生の話がありました。そのころとは違い、現在は見えにくい所で田んぼ・農業に関しても、一般の農家が経済的に破綻し、国の政策でしか経営できないように仕向けられているということを菅野さんのお話しで知りました。
そうした背景を感じた上で見ると同じ目に映る物でも全く違う感じ方をするということが、今回研修に行かせていただき学びになりました。
菅野さんは学生の頃に自分の生き方に迷い苦しんだ体験を話してくれました。菅野さんがそれでも道を見失わず志を持って生きてこられたのは、一番に道徳観や人との繋がりを大事にしてこられた方だからなのではと思いました。
今水輪に集まっている我々が病んでしまっているのは、何故かという事が腑に落ちた気がすると共に、自分自身のこれからの生き方が見えてきたように思います。留守の間ありがとうございました。
経験を生かし、水輪へ還元できるようにしたいと思います。
K.Tさん
この度は山形で貴重な研修を受けさせて頂きありがとうございました。念願だった菅野芳秀さんにお会いすることができました。菅野さんは米作りの先輩ですし、菅野さんの書かれる会報は感性豊かでどこかユーモアがあって、それだけに留まらず社会に対する厳しい視点も持っておられ、私は「どんな人だろう」といつかお会いしたいと思っていたのです。そして今回お会いして様々な話をして頂いた中で私が大切だと思ったエッセンスは「農業はやはり小作農であるべきでケミカル農は破壊の農業」だと思ったことと「先祖から受け継いだ想いをたすき渡しする」という言葉も印象に残りました。そしてこれらの言葉を思い返すと実は、私は既に水輪で先生方からこれらの言葉を受け取っているのだということに気づきます。言葉でどう表現されるかに違いはあっても、本質は一つということがわかります。それにしても辺り一面の田んぼの風景というものの中にケミカル農業が進出しているという現実に私たちはどう対策を取るのか、私が思うのはあの軍足の敷地全部の田んぼを受け持つくらいの気概でやらなければケミカル農業に凌駕されてしまいます。ぶれないこころで臨みたいと思います。
ニワトリたちに会えたのは感激でした。あの筋肉質な太ももと大きな歩幅は、彼らがしっかりと大地を踏みしめ、自由に外を歩き回っていることを物語っていました。まだ実際に携わっていないので良いところしか見えてきませんが、実際には飼料作りのことやキツネに殺されてしまうなどの心労もあるようです。今回頂いたニワトリと玉子についての本を読みたいと思います。いつかいのちの森で飼うことになるかもしれないということに備えます。
今回山形に行った主旨は2トンのお米を引き取るということでした。実際には66体のお米でした。このお米を譲って頂いたのは菅原さんという方です。私はこの方に好感を持ちました。しっかりとした体躯でいかにも百姓という感じで、私たちがお米を車に積み込む時に菅原さんは自ら車の荷台に乗り込み、渡された米袋を積み上げていくことを私たちに見せてくれました。男の気概の手本を見せて頂いた感じです。
以上になりますが、今回の研修では道中先頭を運転されて自分とSさんを先導してくださった研先生、6人ものメンバーが出かけて留守になったいのちの森を守ってくださったみどり先生と仲間たちに感謝します。ありがとうございます。
H.Kさん
菅野さんのお話を聞いて、研先生が朝礼のなかで、何度も菅野さんのことを仰っていたことがよくわかりました。
代々農家をやっていた家に生まれ、その農家を継ぐのを嫌がっていて、生き方がわからなかった菅野さんが、沖縄で出会った新しい考え方。村を逃げなくてもいいような村作り。その話を聞いて、ご自身の中に大きなものの見方の転換が起こったのだろうなと感じました。農家で生計を立てるのはそう簡単なことではなく、畑作業のできない冬場には、土木作業でお金を稼いでいたそうです。それもあって、ひざの関節がすり減ってしまい激痛のようで、今年の11月人工関節を入れると言っていました。また、脳出血もあったそうで漢字が書けないと言っていました。それでもなお、農家として引き継いだ息子さんに最後まですべてを教えようという姿勢で向き合っていました。
単純に、お米を無農薬で育てている、鶏を飼っているのではなく、一つの哲学的な深い思想を持って農家をやっているのだなと感じました。それは机の上の理論ではなく、日々の生活の実践を通して培ったものだということがわかりました。
菅野さんが住んでいる地域の成り立ちは江戸時代に遡るそうです。上杉鷹山が行ったとても理にかなった改革が、今の長井市の散居集落を作ったそうです。菅野さんのお家も柿の木やリンゴの木、鯉を飼う池や、養蚕ができるような天井の高い部屋といったその名残がありました。その歴史も踏まえて、現代においてどうやって農家をやっていくか、経営的にも成り立たせていくか。農家が苦しむような現状の中で、家畜を飼うことを取り入れ、野菜作りや米作りで出たクズを発酵させて家畜の餌に、家畜の糞を堆肥に、と無駄のない循環型の農業をされていました。一つの完成した形があったように思えました。さらに菅野さんは、その見つけたことを積極的に文章にして、本にして、多くの人に伝えようとしていました。菅野さんの書いた文章は、わかりやすく、読み手を引き込むような面白さがあります。
今回お米を頂いた菅原さんも同じくお米と鶏を飼っていて、こだわった米作りをしながら奥さんとともに経営的に成り立つように試行錯誤しているようでした。
実際にプロの農家として仕事をしている方の考え方、畑との向き合い方を知ることができ、とても多くの学びがありました。このような機会を頂き、ありがとうございました。
Y.Sさん
この度は山形の菅野農園まで連れて行って下さり、ありがとうございました。山形もとても自然が多く、田んぼも水輪の畑くらい広く、菅野さん自身とてもいい人で、僕も北海道出なので、奥さんも北海道出身だという事でとても親しみを感じました。菅野さんの生い立ちの話を聞いて、無農薬で作っている山形のコシヒカリは、山形名物の芋煮と一緒に食べるととても美味しいことがわかりました。鶏の卵の煮物も頂きましたが、とても濃密な卵の味で自然な美味しさを感じました。
菅野さん自身もいろんなプロセスを経て、本を出せるほどの深い人生を送っていたんだなと改めて感じました。しっかりと本を読み込みたいと思います。
研先生、みどり先生と、自分たちが山形にいる間、水輪を守っていたメンバー達に本当に感謝しています。ありがとうございました。
T.Iさん
この度は、ファームや水輪としても沢山やることがあって大変な中、山形県にお米を受け取りに行かせて頂き、誠にありがとうございました。
二日間大変素晴らしい経験をさせて頂き、学びに溢れていました。
まずはお米に関する報告です。お米を頂いた菅原さんは69歳で、百姓は50年少しされており、菅野さんとのお付き合いは40年ということでした。主に有機肥料のコシヒカリを作られていて、今年の収穫量は平年並みとのことでしたが、質はすごく良いそうで、自信を持っておすすめされていました。
実際に一日目の夕食と二日目の朝食でお米を頂きましたが、とても美味しく感動致しました。皆その美味しさに喜んでいました。
菅野さんも50年以上百姓一筋でおられて、実践と実体験から突き詰めてこられた方は本当に偉大ですし、研先生とも考え方が一緒で、普段の実習に対する心構えや志がより一層洗練されたように思います。改めて一日一日、ひとつひとつの実習を大切に精進して参ります。二日間お世話になり、意義深く素晴らしい経験させて頂き、どうもありがとうございました。
