宇宙の叡智シリーズ9 感想文その4
水輪でボランティアをすることをお考えの皆様、お待たせ致しました!ボランティアさんからの感想文が来ましたので、シェアさせて頂きます。
また、清水先生のお写真をたくさん使わせていただいて、ありがとうございます。先生のお写真はいつも素晴らしくてとてもありがたく思っています。
今回、表に出ず、裏方で頑張っていただいたボランティアさんですが、朝早くから夜遅くまで本当にお疲れ様でした。
ボランティアさんの底力がなければ、この宇宙の叡智のセミナーも成功することはできなかったと思います。
水輪でボランティアをする体験は、多くの学びと自己の成長、霊性を高めることに繋がることでしょう。共に学び、共に高め合いましょう

予想しない出来事に戸惑い、焦り、苛立ち、怒りなど、ネガティブな感情が湧きおこってくるかもしれません。それでも、いかに冷静に自己を見つめ、淡々としていられるか、生き方と働き方を学ぶ絶好のチャンスです。
またご参加いただけることをお待ちしております!
清水友邦先生の撮られた自然のお写真もご紹介致します。
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水輪の皆様へ。この度はお世話になりました。今回もまた、みんなで一緒に力を合わせてやり遂げる醍醐味を味わわせていただきました。とても高く聳える山に見えたけど、私がやれることを精一杯やったら、気がつくと頂上に到達していました。やったら出来たという達成感と、そこから見える美しい景色に感動しています。日常生活を送っていると、「疲れた」「めんどくさい」「私には無理」とやろうとしなかったり、途中で諦めて楽な方を選んでしまいます。日常では無理だけど、水輪にはそれが出来る環境が整っているのでやれたと思っています。私はセミナー2回とボランティア3回、参加させていただきました。セミナーでは、素晴らしい講師の先生方のお話を聞いたり、美味しい食事、スタッフ方々の心遣い、癒される空間や自然を味わうことで、色々なことを学んだり感じたりできます一方、ボランティアは実践の連続ですが、セミナーに負けないくらい気づきや学びを得られると思っています。実習生やスタッフの方々が動かれている姿を目にすることで、どれだけ学べたかわかりません。また、ボランティア同士の色々な個性がぶつかり合うことで、自分のクセに気づく場面がありました。水輪ボランティアは「動の瞑想」のような気がします。自分の思いに囚われている暇がない状況に追い込まれ、「今ここ」しかない世界でした。それによって気づきが沢山ありました。また、水輪から戻ってくると、私の中が「愛のエネルギー」で満たされているのを感じます。愛のエネルギーで自家発電出来るようになりたいですが、まだ無理なのでチャージしに行きますね。次の「宇宙の叡智シリーズ10」にも必ずボランティア参加したいと思っています。次に皆さんにお会い出来るのを楽しみにしています。

シリーズ9にボランティアで参加した感想としては、水輪には、生活を通して自分自身の弱さや他者への感謝を実感して物事に対し、些細なことにも感謝を忘れない為に来ているのであって、決して暇を持て余した人が集まって仲良しごっこをする場所なのではないという事を、身をもって知りました。9/14に研一先生が朝のミーティングで話していた「矢印を他人ではなく、自分の心に向ける」という言葉を今一度考えると、自分も、他人の振る舞いに対して「何であんな態度で作業しているんだ」と矢印を向けていることに気づかされました。それは結局、自分のしている事が最適解だと思い上がっているから、他人が自分と違う態度で物事を処理していると許せない自分が心の中に湧いて出てくるのだと思いました。自分は自分、他人は他人。心の矢印を己に向け「何故、その感情が出てきたのか」「何故、他人と比較して自分の立ち位置を値踏みするのか」そういった雑念の在処を明らかにする事こそがボランティアを通じて「自分」というものへの関心をより強くしていくのだと実感しました。

人生の中でこんなにも今ここに切り替えてやるべき事に集中する期間は無かったなと思います。今朝お話しようとした瞬間に涙があふれてきました。9日間を振り返り、申し込んだ時のドキドキ、初日の緊張、その言い方は嫌だなとか、なんでそんな態度なんだろ? 違うでしょ…とか、自分の内側のエネルギーを外の世界に映し出しました。でもそこにずっととどまり囚われていては、もう瞬間は通り過ぎてしまうので気付いたら今ここにいられるように切り替えるという実践のくり返しでした。あぁ、キツいって思ってその自我を含んで乗り越えていくのは、呼吸道ワークショップで何度か体験しましたがまさにこのボランティアの期間は自我を含んで越えていく素晴らしい実践の場でした。呼吸に意識を向け直して、また作業に取り掛かるくり返し。私の意識がまた少し拡張した感じがあります。こんなに人間として生まれ地球に生きている実感を得られる場は私は他には知らないです。このボランティア体験を通して、学んでいる事をより深めることが出来ると思いますので今ここ自己からの今ここ愛と言われるみどり先生の言葉を更に細胞へ深く響かせる実践をしたいと思います。私はさおりさんと同じ50歳。本当に同じ年月を生きてきました。さおりさんに感謝します。さおりさんが居て下さったから、その波紋はこの私という存在まで広がりました。研一先生みどり先生、スタッフの皆様、研修生、実習生の皆様、要領が掴めず至らない点は多々あったかと思いますが皆様の今ここのエネルギーに影響を与えていただき本当にありがとうございました。

今年5月のセミナーはセミナー生として参加してその後ボランティア参加しました。その時2日程残られたボランティアの方々を見てボランティアの人間関係は私にとっては過酷だろうと次はそのボランティアに参加して自分を見つめてみようと思いました。ボランティア全員で7人の参加で今日(9/17)まで残ったのが5人、その中で女性が4人、その4人の関係性が私に自分の頑固さ、強さを見せつけられ、私以外の3人からことごとく言葉が返り「もうしゃべらないで!!」と言われて「そうだ、私はあまりしゃべらず本当に必要な的確な言葉を言える人にさあなるのだ!!」とこれからの指針が見えました。今日残った4人の女性ボランティアの関係性が素晴らしく、Kさんと「一生の縁だね」と今朝深くつながり合いました。私も又違う時期にボランティアに来させていただく予定ですが、2日でも3日でも一緒になるのがあればいいねとお互いに確信しました。私は3人から色々言われてからこんなに私を全否定されたのは初めてで、否定ではなくアドバイスと受け止めていけばいいのかと内省して、今みどり先生から「意識の進化」を少しずつ少しずつしながら自分が高められて行く人生を歩み続けられ“場”が「ここ水輪がなのだ」と思いました。まだまだ書きたい気はしますが、まとまりません。今回のボランティアは粒揃いの最強のボランティアだとみんなで共有します。男性が入られたこともとても良かったです。
9/13
即戦力みたいに頭で考えすぎて行動が出来ず、いや、身体が怠けていて動けないのではないか?大丈夫かな?迷惑を掛けないかな?しかし、そんなことを考えている暇はなく与えられた環境をたんたんと過ごす。段取りは大切、瞬間に判断する習慣が身につく。さて、今回の厨房の男性研修生はますます成長していてうれしかった。明るくなったし、指示も的確。さぁ明日も楽しみながら励もう。
9/14
朝から鷲尾さんの作成されたタイムスケジュールにより順番が変更になっても、やるべき事がわかりやすかったので助かりました。全ての料理が16時upとはいかなかったけれどまにあいはしたのでよかった。
・バイキング形式の準備(会場配置)が整う前にお客様が料理に列を作ってしまい、少し待たせたり、逆走されるお客様が現れたり…いくつかのアクシデントが重なりましたが、事故、ケガするトラブルはなかったので良かったです。
・夕食→セミナーへ移行する時、やはりお客様のテーブルごとにしっかり食器をまとめていただき、バイキングの机まででもよいので運んでいただいた方が、セミナーに集中出来るが、どうしてもお客様の前を通ったり、狭いスペースで食器を運んだりするので…お客様に動いていただいた方が早くセミナーに参加していただけ、私たちも静かに片付けが出来ると思いました。
・明日は朝から夜までオアシス以外での準備、片付け、移動の繰り返し、どんな一日になるのか?私自身の精神力がためされるかも。
2泊3日の短い期間ですが、お世話になりました。また来る日まで。

私は、メンタルクリニックに行けば、ASD診断を簡単に出してもらえると思います。昨日は千葉さんに、講師テーブルを片付けるように指示をいただいて、湯のみ1/3残っているお茶をたおして大山さんにフォローしていただきました。研修生さんたちに対してはピア意識が強く、魂の進化において、私の先輩たちという思いでいます。
4歳の誕生日、母親が間違って私の全身に煮え湯をあびせかけました。父親からは「お前なんか死んでしまえ」の暴言を吐かれ、育ちました。すべてを自分の至らなさ、能力のなさに起因すると感じて、人から嫌われ疎んじられても自分の責任で、世の中の特にゆがんだ資本主義優先の日本の構造的アウトサイダーとして隠れ忍者のように生きているわけですから、この世を去ることばかり考えてました。
人間不信も苦しかったと思います。表現のまずさはあっても、深く私を愛してくれた両親のもとで育ち、20歳前後でニューエイジ世代・人間性回復運動に係るセミナーでピーク体験し、ブレインキャンディのように代替補完療法やヒーリングにかすかに自分の生き場所を求め続けました。光田先生のここの学校の生徒さんたちの太鼓演舞ソーラン節がメインイベントで他は前座とは、一面本質をついています。自分自身が不毛な知識的学び(保育士だったり社会福祉士だったり、MBAだったり様々なヒーリングタイトル)をやり続け、還暦を迎え、すべては自分の霊的進化のためのプロセスであったとの気付きを得ました。
コロナ禍になる以前に、意味がわからないままに、ある聖者からグルマントラをいただいて、去年は二度程、南インドのアシュラムをたずね滞在しました。だいぶごまかしながらもこの社会に適合して生きていく術を身につけたはずだったのに、この水輪という場の大いなるやさしさに包まれて、再び自己の内面に向き合わざるを得なくなり、生き方改革をせまられている気がします。
神の恩寵は、太陽光のように、あまねく私のような腐ったじゃがいも(水輪の畑の!!)のような分子にも降り注ぎ、生きとし生ける存在すべてが、神が創りたもうた聖なるもの(Divya)であると気付かせてくれます。この夏、南インドのだきしめる聖者Ammaから、このDivyaという名前をいただきました。
今だに自分を受け入れることが難しく感じる時があり、一日も早く光へと帰りたいと思うこともありますが、まだしばらくはこの世界で生きていくと思うので、神の手足となって、自分に出来ることをやっていきたいです。
スタッフの皆さま、ボランティア仲間は、私のADD、ADHD、アスペパターンに時としてイラっとされたことと思います。それでもあたたかくやさしさと愛で包んでくれて水輪にこの機会を与えてくださったことに、深く感謝いたします。
ボランティア→参加者→ボランティアとして、3回目・5回目、今回と参加させていただき、ようやくここまでたどり着きました。本当にどうもありがとうございました!!♡♡
これからも皆さまのますますのご活躍をお祈りしています。
人を生かす、適材適所、依存心の問題、自立した人間として今に生きる、自分の内面にあるアウトサイダーとして、斜視にかまえがちな傾向を自覚しています。
言霊と申しますが、意識的に生きていないと、大変な人生のレールからつい落下して、そのことにすら気づけないということはもうないのですが、「今ここ自己」を抜けて、「いまここ愛」として自覚的に生きていくことを今後の目標としたいと思います。
辛く痛い自分が、慶びと光へとますますなっていけるよう精進していきます。

今回は、都合により2泊3日のボランティア活動でした。
あっという間に始まりあっという間に終わりました。
短い期間でしたが、受け入れてくださりありがとうございました。
お盆の8月に水輪でボラ活!
手帳に記載しておりました。
しかし、エイプリルフールに旅立った母親の法要の事や
気分的な事。
やるべき事は沢山ある、「やらねば=義務」に思えば苦痛になります。
8月のお盆は、ほぼ誰とも話さず。
空調故障を修理せずに冷風機や扇風機を活用。
そこで体感したのは冷⾵機や扇⾵機では夏を越えられない環境に向かっている!と⾔う事を体感しました。
今回の申し出も、予定に組んでおきながら身動きが鈍くなっておりました。
前日の睡眠不足(仕事の都合で深夜帰宅)でドライブしボランティアとしてのスケジュールを切り替える。
水輪に向かう道中は、割り切った感情とスケジュールに順応できるか不安が生じました。
今回は、必要最低限の指示。
また、ボランティアへの配慮の厚さを強く感じました。
年齢による体力や経験による推測と実践を考慮すされ丁度良かったのですね。
自分で考えながら行動する。
私的には、気持ちが楽でした。
躊躇せずに誰に何を確認しながら進めたらよいか?で行動する事は、信用、信頼の関係が成り立たないと難しいかも知れません。
有難いことに皆様が気持ちよく、向き合い受け入れて下さった環境でした。
さて、厨房は時間に追われると個性がぶつかる環境。
まさに自分の人生の課題を学ぶ場としては最適。
しかし、切り替えが出来ないと思考ばかりぐるぐる動き行動が止まってしまう。
そんな空間で自分の感情が流されてしまい時には愚痴る自分の弱さを反省しな
がら学ばせていただいております。
今は限られた時間で調理し料理を提供する事に専念。
イマココに・・・と心の中で何度も呟きながら過ごしている自分と心の中に沸き起こる感情。この気づきが楽しさに繋がりました。
最後に
調和
水輪→長野→日本→地球
意識が繋がりますように
これからも水輪のボラ活をさせて頂きたいと思っております。
よろしくお願いいたします


























































