スーザン・オズボーン
 「水輪」は日本文化の深い美しさがさのまま形になった場所であり、現代生活の喧騒や忙しさから離れた場所。
日常生活からの真の隠れ家でありながら、日々の仕事の簡潔な美しさや真実の奉仕の喜びのうたでしっかりと地に足がついています。
 自分を見つめ、振り返る場所。内と外の静寂に耳を傾ける場所。新しい能力を学ぶ場所。新しい友人と分かち合う場所。精神をリフレッシュし本来の自分を思い出す場所。いのちを祝福する場所です。
 自然の静寂と美しさを共にしたいと思います。
スーザン・オズボーン プロフィール

 米国歌手
 幼い頃から教会の聖歌隊に参加、学校でも聖歌隊で歌い、種々の楽器にも馴染む。アイオワ州立大学在学中にベトナム戦争が拡大、フラワームーブメント(歌による反戦運動)に関わり、歌手としての道を歩む。

 1978年「音楽による地球環境問題への提言」で知られる音楽家ポール・ウィンターと出会い、共演。その影響を強く受け、いわゆる「アースミュージック」の分野に目を向けるようになり、国連ライブ「地球のためのコンサート」に参加。

 1981年から「歌声の種(Seeds Of Singing)」ボイス・セミナーを開始。アメリカはもとより世界各地を飛び回り、自分が真の声と出会う感動的な体験を多くの人々に広める。現在、年に数回のコンサートツアーをこなす反面、移り住んだオルカス島の小さな教会や祭りで歌ったりの質素な生活を送る。地球環境と人々がそれぞれの違いを認め合い、共に生きられる世界を願いながら歌うことに専念。それが彼女の思想であり、心からの祈りでもある。

 水輪代表理事の塩沢みどりが中心となりオリンピック委員会と交渉し、1998年3月、長野オリンピックとパラリンピックのセレモニーに、ゲスト・ヴォーカリストとして参加。パラリンピック閉会式で「上を向いて歩こう」を熱唱した彼女の姿は印象的。国際的に認められ、世界中で30年間に渡りCDを出し、歌い、「静寂と歌」のパイオニア的な仕事を切り開いている。

(水輪には長野オリンピック・パラリンピック出演前後の約1ヶ月間を含め、何度も長期滞在されています。スーザン・オズボーン関連の新聞記事はこちら

 本田 健
自分と静かに向き合える場所 〜水輪の存在意義〜

 このたび、会員にならせて頂きました作家の本田健です。
 私は、3年前まで、育児セミリタイヤ生活をしていましたが、思うところがあって、育児のかたわら、お金と幸せについての本を書き始めました。多くの読者の方に応援され、『ユダヤ人大富豪の教え』をはじめとする著作シリーズは、おかげさまで100万部を越えるベストセラーになっています。

 知り合いが全くいない長野には、娘の幼稚園が理由で、2年前に引っ越してきました。そして、娘の通っている幼稚園の園長さんの友人の内田さんのご縁で、水輪にお邪魔することになりました。最初の印象は、なんて気のビシッと通ったところなんだろう!というものでした。一流のお寿司屋さんに感じられるような空気を感じたのです。静寂と清らかなエネルギーに満ちた素敵な場所だと思いました。スタッフの方たちも、とっても爽やかで、ここは何かが違うぞという印象でした。自然、行き届いた掃除、建物の素材、雰囲気、どれをとっても、うなるようなすばらしさです。これだけの施設を作って維持するには、すごい力がいると感心したのを覚えています。

● いつでも帰っていける安らぎの場

 塩沢さんご夫妻とお話させて頂くうちに、いっぺんで、ご夫妻と水輪のファンになってしまいました。お二人の謙虚でありながら、パワフルな生き方に、深い感銘を受けるとともに、ぜひ応援したいと感じました。この二つの特質を持っている人は、非常に少ないと思います。…

 多くの人が人生に迷い、元気をなくしている今日、水輪のような場所は、いつでも帰っていける安らぎの場、少し大げさな言葉を使うと、聖地のようなところだと思います。日本では、そういう場所は、ごく限られています。それは、その場所がリゾート施設のようになるか、宗教団体になるかどちらかだからです。そういう点で、水輪は、日本でも、非常に特殊な独立性と、行き届いた環境を持っていると思います。

● 幸せな人生を生きるために……自分と静かに向き合う環境が必要

 今年の2月、講談社と共同で、日本の億万長者12,000人を調査しました。そして、分かったことは、彼らが、例外なく、自分の大好きなこと、得意なこと、人に喜ばれることを仕事に選んでいることです。これは、金銭的な豊かさだけではなく、幸せな人生を生きるためにも、とても大事な要素だと言えます。

 しかし、普通の両親に育てられ、普通の教育を受けている限り、この大切なことを体感することはできません。それは、小さい頃から、外の情報を処理するのに忙しくて、自分の内面を見つめるチャンスを持たないからだと思っています。どれが有利か、不利か、社会的によさそうかどうかでしか、仕事もパートナーも選べなくなっているのです。自分は誰なのか、何をしたいのか、どういう人生を生きたいのか。何を仕事にするのかなどは、自分と向き合わなければ、明確な答えを得るのは難しいでしょう。その答えを見つけるためには、自分と静かに向きあえるような環境が必要です。

 その点で、水輪が提供しているものは、すばらしいと思います。おいしくて心のこもった食事をいただき、静かな環境と自然に癒されながら自分と向き合うことが出来ます。また、そこで知り合った人たちとは、一生を通じて、支え合えるような関係も生まれるでしょう。

 これからの水輪が、多くの人の支えとなられることを心からお祈りしています。そして、その聖地を応援するささやかな力でもありたいと願っています。

『水輪通信』第50号(2004年10月)より

本田 健氏 プロフィール

 神戸生まれ。経営コンサルティング会社、会計事務所、ベンチャーキャピタル会社など、複数の会社を経営する「お金の専門家」。
 独自の経営アドバイスで、いままでに多くのベンチャービジネスの成功者を育ててきた。娘の誕生をきっかけに育児を中心とした“セミリタイア生活”を送っている。子育てのかたわら大好きなテーマである「お金と幸せ」に関する講演、カウンセリング、セミナーなどを不定期に行っている。著書に、『スイス人銀行家の教え』(大和書房)他多数。

 帯津 良一
帯津 良一氏 プロフィール

医学博士。帯津三敬病院名誉院長。日本ホリスティック医学協会会長。日本ホメオパシー医学会理事長、調和道協会会長、水輪の会特別顧問、いのちの森文化財団理事。東京大学医学部第三外科、都立駒込病院勤務を経て’82年埼玉県川越市に帯津三敬病院を設立。院長となる。医療の東西融合という新機軸を基に、ガン患者などの治療に当たっている。また、代替療法への造詣が深く、治療に積極的に取り入れるほか、講演や大学での講義なども行っている。著書に『ガンを治す療法辞典』(法研)など多数。

水輪養生塾への期待

 榻名時太極拳二十一世紀養生塾をはじめて、もう2年になろうとしていますが、これと並行して「水輪養生塾」なるものも軌道に乗ってきました。

 水輪というのは、長野県の飯綱高原にあるホリスティック・スペースです。塩沢研一・みどりご夫婦が、ホリスティックな生き方を求めて開いた癒しの館です。全館木造で芬々たる木の香りが漂っています。しかも、塵一つありません。いつもぴかぴかに磨きあげられています。スタッフのご苦労はいかばかりかと頭の下がる思いですが、常勤、パート、研修生など数名の若人が忙しく立ちはたらいています。

 新幹線のおかげで、長野が近くになったうえに、長野駅からタクシーで30分くらいの距離ですから、足は楽なものですし、都会の喧噪から、あっという間に大自然のふところ深く入ってしまうのですから、人気もあろうというものです。土・日曜を中心に、いつもセミナーやワークショップが開かれているようです。ホリスティック医学協会の会員である塩沢みどりさんからのお誘いで水輪とのお付き合いがはじまったのですが、最初のうちは、その都度のテーマで、年に二、三回、散発的にセミナーを開くというありさまで、三十名の定員も決していっぱいというわけではありませんでした。

 全国どこへでも講演に出かけますが、原則として日帰りということをつらぬいていましたので、一泊のセミナーということに多少の抵抗があったのですが、土曜日の全生庵が終わって、上野を四時すぎの「あさま」に乗れば、七時からの講演に間に合いますので、それほどの負担にはなりませんでした。

 ところが、「水輪養生塾」と銘打つようになって、しかも二泊でおこなうようになって、急に参加者が増えてきました。定員を越えて溢れてしまった人達のために、臨時のセミナーを設けるなんてこともありました。いまでは、二泊が年に四回というのが定着しそうです。この忙しいのに、なんでまた!と周囲の人々からはお叱りをうけましたし、私の気持ちのなかにも多少のためらいもないわけではなかったのですが、いまではこれもひとつの流れと素直にとらえています。いや、榻名時太極拳二十一世紀養生塾に対するのと同じくらい積極的な気持ちでのぞむようになってきたと言ったほうが当たっているようです。

 二十一世紀は養生の時代です。

 わが生命(いのち)を見つめ、互いの生命(いのち)に思いを遣り、そして、共通のいのちに向かって身心を寛放(かんぽう)していく場は多ければ多いほどよいと考えるようになったからなのです。

 四月二十七日から二十九日までの三日間、今年の第一回の水輪養生塾が開かれました。

 いつものように夕方六時半頃到着すると、皆さんは食堂で夕食中です。参加者は三十名を越えているとのことで食堂は満席です。挨拶をすませて、これもいつもの二階の私の部屋に入り、ビールで喉をうるおして、一息ついてから別棟のセミナールームで講演です。もちろん養生についての話ですが、特にテーマを細かくきめているわけではありません。ただ三日間の養生塾の基調講演のようなものですから、最近考えていることを中心にお話しします。参加者ははじめての人もいれば常連もいるという具合で、焦点を合わせるのに多少の苦労はあります。

 八時二十分頃終わると、皆さんはその場に残って瞑想の時間です。指導はみどりさんです。「先生。夕食をどうぞ。」ということで、私はひと風呂浴びたあと、先の食堂で遅い夕食です。先とちがって、私一人ですからがらんとしています。カウンター越しに料理に精を出す研一さんが見えますから、まったく一人というわけではありません。

 水輪での食事は午前十時と午後六時の二回です。主食は酵素玄米。これはこれでうまいのですが、圧巻は研一さんのつくる副食です。野菜、山菜、きのこが中心で、多少の魚介類が加わりますが、これすべて旬といった感じで、旬が満ちみちています。私流の食養生がそのまま、そこにあります。今回ですと、ウド、タケノコ、フキノトウ、ワラビ、ゼンマイ、ミツバ、シラス干しといったところですが、豆腐、蒟蒻、油揚げ、納豆にも、旬を感じてしまうような、おいしさです。

 さらに、これは内緒ですが、この初日の一人っきりの夕食には私だけの特別料理が出てきます。主として魚介類ですが、刺身にしても焼き物にしても煮物にしても、すべてが旬なのです。そして、うまいのです。いやがおうでも内なる生命の生命場のポテンシャル・エネルギーが高まってしまいます。これこそ本当の食養生です。

二日目は日の出とともに起床して、原稿書きです。およそ三時間、能率があがります。八時半から庭に出て木立のなかでの気功です。ここでは太極拳ではなく、調和道丹田呼吸法を含む「時空」です。十時に、またまた旬がいっぱいの朝食を済ませて、十一時半から午後三時まで、車座交流会です。全員が車座になって質疑応答やら討論やらです。これが実にいいのです。腹蔵無く語り合うのもエントロピーの減少に役立つようです。そのあとは皆さんはまた瞑想の時間、私は仕事の時間です。

三日目も同じスケジュールで三時に解散。

 食の養生、気の養生、心の養生のすべてをはたして、誰もが充ち足りた表情で再会を誓いながら三々五々帰路につきます。

『調和道』調和同協会機関誌より


いのちの大学によせて」
 美しい地球を取り戻せるかどうか、成否は内なる生命場を見つめ、虚空の場に思いを馳せながら生きる人を一人でも多く輩出できるかどうかにかかっています。いのちの大学の設立はまことに時宜を得たもので、勇気百倍、大いに期待しております。山紫水明の飯綱の地が、やがて来る「いのち」の時代の一大拠点となる日を夢見て。
 巽 信夫
巽 信夫氏プロフィール

医学博士・前信州大学医学部精神医学教室助教授・日本内観学会理事長・日本トランスパーソナル心理学/精神医学会理事・日本欧州共通サイコセラピー資格認定・財団法人いのちの森文化財団理事

 昨今のモノ的文明の飛躍的発展に伴う人間疎外の深刻さは、まさに時代の光と陰を物語っている。この様な中で水輪は、いのちの本源に立ち返り、人間再生にむけての本格的な取り組みを実践され地味ながらも着実にその活動の輪を広げてこられた。「いのちの大学」構想は、この貴重な学びの足跡を母壌に、自ずと展開されてきた。まさに、21世紀が真に求める画期的なコミュニティー大学モデルの提示ともいえ、生活体験に根ざした生きた人間学発信の場として、今後の活躍を心から願うものである。

 高月 紘
高月 紘氏プロフィール

工学博士・京都大学名誉教授・石川県立大学生物資源工学研究所教授・元京都大学環境保全センター長

 今、私たちはグローバル化の下で利便さ(スピード)と安さのみが価値があるかのようなライフスタイルを強いられています。その結果、食の安全や心の安らぎを失いつつあります。そんな中で、農を中心としたスローライフを取りもどす研修の場としてのナチュラルファーム自然農園は持続可能な社会への一つのモデル事業として大いに価値があると思います。人間、やはり、自然と共生し、自然のリズムで生活することが一番だと思います。大いにがんばって下さい。

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